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![]() [花鉄の部屋]第4回は、札幌市内(北海道)を 走る札幌市交通局の路面電車と、ライラックの花とのツーショットです。
その最盛期には日本全国65都市を走り、チンチン電車の愛称で親しまれた路面電車の多くが、街から姿を消したのは昭和30年代高度経済成長期の頃でした。渋滞の元凶として、すっかり邪魔もの扱いされましたが、昨今の環境問題や都市開発の見直しなどで、再び注目されはじめているようです。 札幌の路面電車は1909年(明治42年)馬車に代わる建築用石材の輸送手段として敷設されたのが始まりです。その後、乗客を運ぶ路面電車となり1927年(昭和2年)からは市営化、路線拡充されますが、残念ながら他の都市同様1964年(昭和39年)をピークに利用者が減少に転じました。人々の暮らしのスピードの変化によって、次々と路線が廃止、札幌オリンピック(1972年)時の地下鉄開通を機に、全面廃止の声も挙がりましたが、 |
市民の熱望により現在の区間(路線距離8.41km、停留所数23)のみ存続営業されることになりました。 今号の車両は、札幌市電・山鼻西線を走行する新標準色の240形と思われます。 撮影された丸山裕司氏が「密集した鮮やかな花が、新緑の緑と共に咲く様は、眺めるだけでもたのしく、壮観である。」と語るライラックの花は、モクセイ科の落葉樹で、和名をムラサキハシドイといいます。札幌へは、明治期の宣教師が故郷アメリカから初めて持ち込んだとされています。 市民に愛される花として毎年5月、札幌の初夏を感じるイベント[さっぽろライラックまつり]が開催されています。 丸山氏のWEB blog[線路際の四季]には、ローカル線と花の美しい画像が満載されています。 http://maru.txt-nifty.com/railside_season/ ライラック(英名)は、仏語由来のリラという名前でも知られています。今号の丸山氏の画像名「リラの花咲く頃」は、戦後のラジオ歌謡全盛時代に岡本敦郎(1924〜)が歌った流行歌として懐かしく感じた方も多いのではないでしょうか。 ※「社団法人札幌観光協会」「札幌市交通局」他のWEB SITEを参考にさせて頂きました。 |
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[花鉄(はなてつ)]とは=細分化されている鉄道ファンは、乗ることが好きな「乗り鉄」「旅鉄」、撮影専門の「撮り鉄」、その発車ベルや走行音のファンを「録り鉄」、駅弁を食べ歩く「食べ鉄」、女性の鉄道ファンを「鉄子」などと呼ぶことがあるそうです。そこで、私たちは各地で出会える「花」と「鉄道」が共生する素敵な風景を、勝手に「花鉄」と名付けて愛し続けることにしました。 |
flower with railway vol.4 | |