日本の伝統文化である着物に描かれた美しい花や緑の文様の数々を、染色家の久保田一竹氏(1917〜2003)が遺した作品を通して紹介している連載。今回は菊が描かれた『辻紫華紋(つじしかもん)』です。
古代中国から日本へ(薬草・園芸的な意味で)伝えられたとされる菊花は、当時の神仙思想と相重なって不老不死、延命長寿の象徴とされてきました。陰暦9月には中国の習慣である重陽の節句に倣った『菊花の宴』を催し、花を観賞しながら「菊酒」を飲んだり、湯船に菊を浮かべた「菊湯」に入り、「菊枕」で眠る、といった菊の香りで邪気を祓う風習が今も残されています。
文様としては平安時代から料紙や工芸品に盛んに用いられ始めました。桃山文化が花開いた頃には日本を象徴する秋草の意匠の一つとして扱われるようになり、鏡や甲冑にも瑞祥の文様として用いられています。江戸時代には観賞用としての菊花の品種改良が進み、それに伴い菊の文様も野菊から大輪の菊まで様々な意匠が登場しました。現在、菊花は桜と並び日本の国花・国章に準じた扱いを受けています。
『辻紫華紋』は、藤の花房を模した背景に、様々な菊花を真上から見た形に様式化し対称性を持たせた配置で散りばめられています。作品全体に広がるグラデーションが妖艶な美しさを醸し出し、背縫や袖口と裾の?と呼ばれる部分に施された組み紐が印象的です。
菊水の持つ霊力によって700年もの不老長寿を得た少年が主人公となる観世流の謡曲『菊慈童』。人々は永遠の若さを讃えますが、軽やかに舞う少年の表情には長い孤独の陰が浮かびます。若い姿のままで生き続ける事、衰えながらも天寿を全うする事、そのどちらにも存在する人間の哀しみ──「若さ」とはいったい何なのでしょうか。
《人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる
人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる
希望ある限り若く 失望と共に老い朽ちる》
これはサミュエル・ウルマン(1840〜1924)の詩『青春』の一部です。
《青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。》(岡田義夫・訳)
で始まるこの詩を、久保田一竹氏は自ら揮毫し、国内は元より世界各国で開催した巡回展の一時期、作品と並べて会場内に掲げ賞揚されていたそうです。