他人を「褒める」のはとっても難しい。でも、上手に褒めたり褒められたり出来るようになると人間関係がとても円滑になって、人生も前向きになるものです。

 当財団評議員でパフォーマンス学・心理学博士の佐藤綾子さんは著書『ひとり上手は100人上手!』の中で、褒め方の基本ルールとして「他人の追従ではなく、一番褒めをすること」「総論ではなく各論で褒めること」「周りと比べた相対評価ではなく、その人における絶対評価で褒めること」の3つを紹介しています。「おだて」や「おべんちゃら」でない本物の褒め上手になりたいものです。

 今回の噺「子ほめ」は、下心をもって褒める事で起きる騒動を描いた落語です。
酒にいやしく粗忽者の八五郎が(毎度おなじみ物知り顔の)ご隠居の家に「おい、 只の酒を飲ませろ」と入って来ます。実は「只の酒」ではなく「灘の酒」の聞き間違い。ご隠居は日頃から口の悪い八五郎をたしなめて、言葉遣いを改め、上手にひとを褒めたりすれば酒の一杯も奢ってもらえるものだと諭します。例えば50歳近くの人には「お若いですねぇ、どう見ても厄そこそこ」等々。


 そこで、八五郎は最近子供が生まれたばかりの仲間の家に行って只酒を飲ませて貰うため、親を喜ばすような上手な赤ん坊の褒め方の指南を請います。「お顔が福々しい」「額が広く鼻筋が通っている」「目が切れ長で口元が締まっている」といった歯の浮くような褒め言葉の他に「お祖父様に似てご長命の相がある。『栴檀は双葉より芳しく、蛇は寸にして其の気を顕す』と言います。私もあやかりたい」――などと、到底覚えられそうもない言葉まで教えられ、嬉々として出掛けて行きます。
 仲間の家では、めでたいお七夜にお祝いに訪ねて来てくれた八五郎を最初は歓待しますが、いよいよ褒め始めると様子が変わってきます。お昼寝中のお婆ちゃんを赤ん坊と間違えて褒め上げたり、父親や母親に似て、鼻筋は「座って」、目は「落ち込んで」、口元は「だらしない」など、魂胆が裏目に出て次々とトンチンカンな事ばかり言い出すので、仲間を怒らせてしまいます。


 「子ほめ」の中では『洗濯は二晩で乾く…』とトンデモない言い間違えで語られる『栴檀は双葉より芳しく』云々は、子供を褒める時に使われることわざで、成長の早い栴檀の木は発芽の頃から芳香を放つところから、将来大成する優れた人物は幼い頃から分かるものだ…という意味です。しかし、この栴檀の木ですが、正しくは同じ檀香の「白檀の木」であるというのが定説となっています。
 高貴な香木として名高い白檀(英名=Sandal wood)は、インドを原産地とする熱帯性常緑樹。沈香のように熱を加えなくとも香り高い白檀の木は、仏像や数珠や扇などにも加工されます。香木として利用価値の高いのは、白檀の木の約1/4にあたる中心部だけで、たいへん高額で取り引きされる事から、昨今では別の木に白檀オイルを振りかけた偽物が数多く出回っている上に、長年に亘る乱伐、盗伐によって白檀そのものが絶滅の危機に瀕し、インド政府が希少木として輸出をコントロールしています。


 

[旬の噺]は、季節の草花や農作物が登場する噺(=落語)の世界を紹介するコーナーです。