花や緑、農漁産物などが登場する噺(=落語)の世界を紹介するコーナーです。
第13回の噺は『青菜』です。

 エアコンどころか扇風機もなかった江戸時代の夏。滋養強壮の意味も含めて暑気払いとしてよく飲まれていたのが「柳蔭」という味醂と米焼酎を割った飲み物だったそうです。「柳蔭」は上方※1での呼び名、江戸では「本直し」と呼ばれ井戸水で冷やして飲まれました。

 ひと仕事を終えた植木屋が、依頼主である屋敷の主人に縁側へ招かれ「柳蔭」をご馳走になります。「暑い中大層精が出るねぇ」と労われ、酒の肴には鯉の洗いや素麺まで振る舞われます。お調子者の植木屋は思いもかけない贅沢な相伴に預かり酒に肴に舌鼓を打っては褒めちぎります。機嫌を良くした主人は更に「時に植木屋さん、菜はお好きか?」と、口直しに青菜の漬け物を薦めますが、次の間から『鞍馬から牛若丸が出まして、その名を九郎判官※2』という奥方の声。すかさず旦那が『義経にしておけ』と応えます。
 

この遣り取りの意味が分からず訊ねた植木屋に、これは隠し言葉なのだと主人は教えます。既に青菜は食べてしまって無い、ということを客に失礼のないよう、旦那に恥をかかせぬよう伝えるために「菜(名)を九郎(喰らう)判官」と言い、承知した主人は「ならば、よしておけ」という意味を「義経」に込めて応じたのだという。この風流な遣り取りに大層感心した植木屋は、早速家に帰って女房に話します。

 「お前もたまには上品な台詞のひとつも言ってみろ」と毒づく植木屋に「言ってやるから、鯉の洗いでも喰わせてみやがれ」と女房も負けていない。
 夫婦げんかの最中に、折良く訪ねてきた悪友で大工の熊さんを相手に柄にもない台詞の再現が始まります。「暑い中大層精が出るねぇ」から始まって、柳蔭代わりに安酒を、鯉の洗いの代わりにイワシの塩焼きなどでもてなしながら、「時に植木屋さん…」「植木屋は手前じゃねえか」、「菜はお好きか?」と訊ねると「大嫌ぇだよ」と言われてしまいます。「タダ酒を飲んだ上、そりゃねぇだろう。ここからが肝心なんだから、頼むから喰うと言え」…ここからオチへ向かっての展開は、前号の噺『道灌』とほとんど同じ。意味は理解しても、使い途と相手を間違えた、にわか知識のオウム返しは珍騒動を巻き起こします。


 この噺に出て来る(実際には出て来ませんが)「青菜」とはどんな野菜なのでしょうか。菜花、小松菜、ほうれん草…諸説ありますが、この噺が元々上方で作られた噺である事から、アブラナ科のつけ菜の仲間で、関西の在来種「しろ菜」ではないかという説が有力です。
軟弱野菜なので長距離輸送に適さず、全国的にはあまり知られていませんがアクやクセが少なく、あっさりした味と、白菜に近いサクサクとした歯ざわりが特長です。関西では鍋物や味噌汁にも使われます。
 夏の噺である『青菜』では、おそらくお浸しか、浅漬けで供される予定だったのでしょう。


[旬の噺]は、季節の草花や農作物が登場する噺(=落語)の世界を紹介するコーナーです。