花や緑、農漁産物などが登場する噺(=落語)の世界を紹介するコーナーです。第14回の噺は『目黒のさんま』です。
 庶民の暮らしに疎いお殿様(=権力者)の言動を揶揄するエピソードは落語では定番のテーマ。今回の『目黒のさんま』もそのひとつです。オチの「サンマは目黒に限る」は、落語に興味のない方でもご存じなのではないでしょうか。
 秋晴れのある日、お殿様Aがふと思い立って少数の家臣だけを供に連れて馬の遠乗りに出掛けました。目黒辺りまでやって来た頃に空腹を感じましたがお弁当の用意がありません。そこへ近所の農家が中食用に庭先で焼いているサンマの匂いが漂ってきました。



 「この匂いはなんじゃ」と訊ね、サンマという魚を焼く匂いであると知ったお殿様は「そのサンマとやらを求めて参れ」と命じます。しかし「サンマは下々の者の食べるものなので殿が召し上がるような魚ではございません」と言われたお殿様Aは、「大名も下々の者も同じ人間、食せぬものなどあるものかっ」と言い放ちます。しかたなく家臣は農家へ頼み込んでサンマの塩焼きと白飯を調達して来ました。お殿様A、空腹も手伝ってこのサンマに舌鼓を打ちます。
 「このような美味なる魚は今まで食したことはない!」── 以来病みつきとなり、屋敷の料理人に命じてサンマの塩焼き三昧の日々、おまけにお城へ出仕 した際に、日頃からライバル視している同輩のお殿様Bに、サンマの美味自慢までしてしまいます。


 大層悔しがったお殿様Bは屋敷へ戻り家臣に命じてサンマを取り寄せ、料理させたがちっとも美味しくない。それもそのはず、料理人はこんな脂っこい下魚をそのまま召し上がった殿様の具合が悪くなっては責任問題になるので、サンマをよく蒸して塩気と油を落とし、小骨を丁寧に抜いて「かつてサンマであったもの」を食膳に出したのです。翌日、城中で会ったお殿様Aに、あんな魚のいったいどこが旨いのだと文句を言うと、「それは何処で求めたサンマであろうか」と訊ねられ、「家臣に命じて、わざわざ本場房州の網元より取り寄せたものでござる」と応える。そこでお殿様A の言うのが「それはいかん、サンマは目黒に限る」という台詞。


 食の自給率低下が嘆かれる昨今、食用魚介類も例外ではありません。四方を豊かな海に囲まれた水産資源大国であるはずの日本ですが、その約4割が輸入品。マグロの自給率は38%、サケ60%、エビに至っては5%という中にあってサンマの自給率は118%(!)。
 この季節、親潮にのって三陸沖を南下してくる脂がのったサンマの塩焼きが滋養食として優れているのはもちろんですが、一緒に食べる大根おろしや、果汁を絞るスダチやカボスは、単に良い食味を得るためだけでなく、互いの栄養素の欠点や体内での変性を補い合う、とても理に適った食べ方でもあるそうです。



岩手県宮古産のサンマを振る舞う品川区の「目黒のさんま祭り」に対抗して開催される目黒区の「目黒のSUNまつり」では宮城県気仙沼産のサンマが振る舞われる(画像)。今では渋谷区でも「となりの恵比寿サンマ祭り」まで開かれている。
Photo by Doricono

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