公益財団法人花と緑の農芸財団
旬の噺18 江戸のリサイクル「紙屑屋」

 第18回となる旬の噺は『紙屑屋』。

 紙だけでなくボロ布、古傘、破損した陶器や鍋釜、竈の灰やチビた蝋燭に至るまで、あらゆる物の修理や再生システムが確立していた江戸時代。
 毎度おなじみ、道楽の末に勘当された若旦那。例によって出入りの棟梁宅へ居候をして無為徒食の日々。いつまでもぶらぶらさせておく訳にもいかないので「精を出して働けば、大旦那に勘当を解いて貰えるよう口利きをするから」と棟梁に説得された若旦那は町内の紙屑屋を手伝うことになります。
 仕事は、紙屑買い(拾い)が集めて来た雑多な紙屑の選り分け作業。「色男がする仕事じゃないねぇ」などと文句を云いながら、雇い主から金物類や糸屑は別にするなどの分類方法とその使い途まで丁寧に教わり、紙屑の入った俵が積まれた長屋でひとり作業を始めます。
 「白紙は白紙〜、カラスはカラス〜、せんこう紙はせんこう紙〜、陳皮は陳皮〜、毛は毛〜っと」と珍妙な抑揚で調子良く声を出しながらも、ちっとも身が入らない。生来の怠け者なのですぐに飽きてしまいます。
紙屑の中から女手の恋文を見つけて勝手な妄想の世界へ入り込み、少々艶っぽい内容に興奮、大きな声のひとり芝居に隣家から「うるせぇ 」と怒鳴り声。我に返って「白紙は白紙〜、カラスはカラス〜、せんこう紙はせんこう紙〜、陳皮は陳皮〜、毛は毛〜っと」…。

 次に見つけたのは都々逸の稽古本。
道楽をしていた頃を思い出し、ひと節唸ると又もや隣家から苦情の声。「白紙は白紙〜、カラスはカラス〜、せんこう紙はせんこう紙〜、陳皮は陳皮〜、毛は毛〜っと」…ちっとも仕事が捗らない。
 今度は義太夫の稽古本を見つけて、ひとり興に乗り口三味線に芝居の真似事を始める始末。そこへ帰って来た雇い主から散々叱られた挙げ句、「まったく、アンタは人間の屑ですね」と罵られてしまう。云われた若旦那…「屑? 屑なら今、選り分けてるところです」

 江戸の町では米、木材に次ぐ取引量を誇った和紙。原材料が不足し始めたので漉き返しの為の廃紙が価値を持つようになり、紙屑屋も乱立、競争も激化します。到底戦力になりそうもない道楽好きの若旦那にまで選り分け作業をさせる程、労働力不足が深刻だったのでしょうか。
江戸の天保年間(1830〜1843)に幕府が行った財政改革では、紙屑を集める業者が結託して価格を吊り上げている事を不埒の至りとして「紙屑買〆罪」を設けて罰しています。さらにその買い取り価格や、漉き返しの手間賃まで細かく定めました。
 『紙屑屋』は『浮かれの屑選り』という演目名でも高座に掛けられています。

江戸後期に出版された喜田川守貞による風俗事典『守貞漫稿』に描かれた江戸と京阪の紙屑買いが背負った籠

江戸の再生紙と云えば浅草紙。紙屑屋が選り分けた廃紙は、漉き返す際に解し易くする為、堀や小川にしばらく浸された。これを「紙を冷やす」と云う。その間に職人さんは一服。歩いてすぐの場所にある歓楽街「吉原」まで出向いては時間潰しをして過ごしたとか。買う気も無いのに店をからかう「冷やかし」という言葉の語源という説もある。今も台東区東浅草に『紙洗橋』がある。堀も暗渠化され公園になっているので橋の面影は無い、同名の交差点近くに静かに佇むのみ。