富太郎77歳。水元水郷にて。ネックレスにしているのは「オニハス」の幼株。笑顔があふれたユーモアたっぷりのポートレイトが数多く残されている。


しかしその翌年、富太郎の最大の理解者であり同志であった寿衛夫人が病気で他界。自ら待合経営で貯めた資金を使い、富太郎のために建てた自宅(現在の練馬区東大泉)に移り住んでわずか2年目のことでした。

 その後、富太郎は[朝日文化賞]を受賞、喜寿の祝いをした翌年に東京大学に辞表を提出。さまざまな屈辱に耐えながらも47年間助手、講師を務めた大学を去ることになります。戦時中の疎開時代をはさんで、富太郎の偉業は日本中の人々の認めるところとなっていきます。多くの専門書や植物随筆を刊行・発行。80歳を過ぎてから皇居にて天皇陛下に植物学ご進講、日本学士院に選ばれ、文部省(当時)内に牧野博士植物標本保存委員会設置、同時に文化功労賞を受賞します。その間も各地へ植物採集に出掛けています。

人間は足腰の立つ間は社会に役立つ有益な仕事をせね
ばならんという天職をけている。

90歳の時、生誕地に記念碑が建立され、名誉都民第1号に選ばれました。そして、高知市五台山に牧野植物園の設立が決定したという吉報が届いた翌年、昭和32年(1957)1月18日、老衰のため永眠。享年94歳。同日、従三位勲二等旭日章と、文化勲章を授与されています。翌年には高知県立牧野植物園、東京都立大学(現・首都大学東京)理学部牧野標本館、練馬区牧野記念庭園が開園されました。




過去においても現在も、本来は世俗的なことと最も縁遠いと思われる学術や芸術の世界でも、いったん組織や団体の中に取り込まれると、そこには自ずと処世や保身、ねたみや妬み、金銭欲や出世欲・功名心が生まれ、初志の焔が燻ったまま生きていかざるを得ない現実が待っています。しかし牧野富太郎の人生の目的は唯一点 ―― ひたすら愛する草木のために・・・。自らが選んだ道に絶対的な自信を持ち、研究以外の事はすべて些末な事と、他人からの中傷や非難や経済さえも何処吹く風。そして行動や言動に功利的なものを含まず、なにより私心をもっていなかったからこそ多くの理解者に恵まれたのではないでしょうか。彼は自著のなかで[草木愛]という言葉を使っています。



44歳の頃の植物採集スタイル。


自宅の標本室にて。


コオロギランの精密画。


草木を愛すれば草木が可愛くなり、可愛ければそれを大事がる。大事がればこれを苦しめないばかりではなく、これを切傷したり枯らしたりするはずがない。そこで思い遣りの心が自発的にきざして来る。一点でもそんな心が湧出ゆうしゅつすればそれはとてもたっといもので、これを培えばだんだん発達して遂に慈愛に富んだ人となるであろう。
このように草木でさえ思い遣るようにすれば、人間同士は必然的になおさら深く思い遣り厚く同情するであろう。すなわち固苦しくいえば、博愛心、慈悲心、相愛心、相助心が現れる理由ダ。人間に思い遣りの心があれば天下は泰平で、喧嘩も無ければ戦争も起るまい。故に私は是非とも草木に愛を持つ事をわが国民に奨めたい。


近代植物分類学界の巨星・牧野富太郎の生涯。彼は「花の心」を体現されたひとりだったのかもしれません。



高知県立牧野植物園

郷里の高知県に昭和33年開園。平成11年に拡張され景観に配慮した環境保全型建築の牧野富太郎記念館が新たにオープン。広大な園内には富太郎ゆかりの約3000種の植物が四季を彩り、野生植物の宝庫となっています
■開園時間/午前9時〜午後5時 ■休園日/無休・年末年始(12/27〜1/1)を除く ■入園料/一般500円(高校生以下無料)・団体400円(20名以上)・年間入園券2,000円(一年間有効のフリーパス)
〒781-8125 高知市五台山4200-6 TEL.088-882-2601 http://www.makino.or.jp




牧野記念庭園 晩年をすごした自宅跡に書斎や庭が保存されています。
■開園時間/午前9時〜午後5時 ■休園日/火曜日 ■入園料/無料 ■西武池袋線大泉学園駅南口下車、徒歩5分
〒178-0063 東京都練馬区東大泉6-34-4 TEL.03-3922-2920


※掲載の写真及び図版は[高知県立牧野植物園]のご協力を頂戴いたしました。
※本文中、明朝体部分は牧野富太郎自叙伝より引用させていただきました。
■以下の文献を参考にさせていただきました。「牧野富太郎写真集」「牧野植物園ガイドブック」(財)高知県牧野記念財団刊/「子どもの伝記全集〜牧野富太郎」氷川 瓏・著(ポプラ社刊)/「牧野富太郎植物記 全8巻」中村 浩・編(あかね書房)/「月刊太陽 2000年9月号」平凡社刊/「牧野富太郎自叙伝」牧野富太郎・著(講談社刊)/「牧野富太郎 私は草木の精である」渋谷 章・著(平凡社刊)/「草を褥に 小説牧野富太郎」大原富枝・著(小学館刊)

本記事は2007年秋に発行の「花の心第46号」に掲載されたものです。 

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